Life2.0
「Web2.0」時代到来の背景には、生活者自身の気づきや態度変容があるはず。 それを「Life2.0」と捉えて、いろいろな事象を考えていくblogです。
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「ブログ→出版」を再度考える...Web2.0の特性を活かしたコンテンツとは?
このひとつ前のエントリで、
「『ブログ→出版』は集合知ではあるがまだ拡散している情報を集約して、社会に提示することだ」
「そのプロセスにより、ある一定の社会的評価が下され、ビジネスになっていく」
「その構造が成立しやすいのは、1.0的社会(構造主義、比較による戦略競争化?)と2.0的社会(開放主義、選択的融合による独自化?)が混在しているからだ」
ということを書きました。

このトピックスは自分の中で、いつも頭の片隅にあるのですが、そんな今日この頃、
「日本一怖い!ブック・オブ・ザ・イヤー2006」
SIGHT編集部・編 ロッキング・オン
を読んでいたら、ある2つの、自分が上記のように漠然と思っていたことを、また別の表現で語っていた箇所がありました。
(やはり出版業界にとっても、ブログなどの影響は考えていきたいと思っている表れかと思います。双方からの議論があることは、とても良いことだと思います。テレビも見習ったらどうかと

なので、それを参考にしながら、
「ブログ→出版」
について、もう少し考えてみたいと思います。

まずは引用から。

1つ目。
阿部和重のインタビューより。

(前略)それらがひとつの形式に収斂されていくようになっているんであれば、それはまだ、インターネットやウェブという場の特性を活かしたスタイルではないのかもしれないという気がします。つまり、ひとつに収斂、集約されるというのは、むしろネットの特性を裏切ることではないかなという気がしているので。積極的にネットの特性やあり得べき効果を考えるとすると、あれは果てしないズレの連鎖だと思うんです。ネット上で起きているアクションは、ひとつのイメージに集約されたかに思えた途端、またそれが横にズラされていく。その、横にどんどんズラされていく過程そのものが面白いはずで


また別の所では、

(前略)『電車男』は、まさに新しいメディア、新しい技術に古いフォーマット(駐:ここでは「メロドラマ」などの典型的な物語のフレームや展開を指している)を乗せることで成功したんだと思うんです。(中略)『電車男』的な現象というのは、完全に<疑似ドキュメンタリー>と僕が言っていたこととぴったり重なるんですね。(中略)そこで醸し出される真実味にこそ、人々は引き寄せられていくわけで、(中略)90年代以降の多くのメディアでそういう手法が利用されたのだと僕は捉えていますね。メロドラマというフォーマットに限らず、『電波少年』でもそうだったし、そこで利用されていたのは、ドキュメンタリータッチなイメージなんですよね。(後略)


2つ目。
村上知彦×南信長の対談の「南信長の5冊」の中の『きょうの猫村さん』(ほしよりこ)より。

南「(前略)インターネットで、毎日ひとコマ更新という形でやっているものらしく。これも新しいマンガの形だなあと。(後略)」
村上「このゆるさがいいよね(笑)。ほんとにゆる~く進んでいくテンポというか。それがなんとも気持ちがいい感じがして。(後略)」
(中略)
南「(前略)それらはあくまでもマンガという形式自体は変わってなくて、それを単にネットで見せてただけだったんです。だけどこの『猫村さん』の場合は、形式自体が従来のマンガという枠組みから外れている」
村上「紙を前提としていないんだよね」
南「(前略)で、逆にそれを紙にしてみたら、まあ意外と読めるし新鮮だなあっていう(笑)」
村上「(前略)マンガだと連載だから、1回分に、ある程度ヤマがあって、引きがあって、というのがこれにはまったくない(中略)紙で発表するマンガとは全然違うと思う」
(中略。マンガの媒体も色々出てきたという話題)
南「ただ、やっぱりコマをどう見せるかという部分で、なかなか、ネットだからこその面白さが生まれたっていう成功例はまだあまり見たことがないですね」
村上「(前略)そういうことをなんにも考えずに面白いからやってみたというほうがたぶんいいんですよね(笑)」
司会「この『猫村さん』がその典型ということですね。」
南「そうですね」


※以上はあくまで抜粋です。細かいニュアンス等は、全体を読まないと分からないと思いますので、書籍をお読みください。お勧めです。ちなみに私は出版社とは何の関係もございません(笑)。

うーん。さすがに文筆業の方は鋭いですね。どなたも柔軟な視点でモノの面白さの本質を見ていらっしゃるんだな、と感嘆してます。

つまり、既存の「ブログ→出版」というステップに乗っかったコンテンツにおいては、

・インターネットではなくても実現可能なコンテンツが、その親近感、リアリティ(っぽさ)をもつことで、2.0的なバイラルに乗って、ムーブメントになる。なので情報集約の段階で本来失われるはずのネット独自性は、そもそも希薄。
ex.)電車男(まあブログではないですが)、生協の白石さん、実録鬼嫁日記...etc.いわゆるブログ本
※実録~は、収斂により本来の良さが多少失われているかも知れませんが。

・インターネットならではの「ズレの連鎖」(≒本質的なリアリティや共有性による連鎖反応・派生)により生成されたコンテンツを、なるべく、その独自性を失わないように編集した例。
ex.)きょうの猫村さん(コマ割りをしていない)、あとは何か良い例があれば、後日報告します。

のどちらかであり、後者はまだ少ないということではないでしょうか。
したがって今後注目なのは、「小説」で後者のような例が出るかだと思います。
(なるべく)再編集・再構築することなく、インターネットという発表の場があるからこそ生成される小説って、面白そう。(形式は小説に限りませんが。)
また、出版する際も、どのような形式が望ましいんでしょうかね。

尤も、先の阿部和重さんのインタビューであったように、そのコンテンツは「収斂は難しい」かも知れませんよね。だから既存の出版形式では編集できないと。
なんかそれこそ、1.0的社会と2.0的社会のデバイド(溝)だと思うのです。
そしてその溝を乗り越えようと、2.0的な出版の形を模索する動きも出てくるかも知れません。
その動きこそ、既存構造の破壊からはじまる創造だと思っています。

・・・うーん。やっぱりこのネタは、まだ書き足らない気がします。。

あ。wikiなんかがそうかも知れないですよね。Wikipediaはその特性を活かしたまま、紙媒体への出版は、現状では非常に困難でしょう。
(その障壁を乗り越えるのが、電子ペーパーかも)
おお、wikiで書かれた小説。刺激的。
形式に拘らないLife2.0な人々は、案外すんなり楽しんじゃうかも?
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コメント
この記事へのコメント
おはようございます^^いつも楽しく拝見させていただいております。私も最近ブログを立ちあげたので、ちょっと変わったブログですが、時間がありましたら見てあげてください。笑
2006/01/17 (火) 03:39:23 | URL | MOKK
#-[ 編集]
MOKK様
コメントありがとうございます。
ただ、リンク先のURLが見られないようですので、修正していただければ幸いです。
2006/01/20 (金) 03:08:42 | URL | うめ #-[ 編集]
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例えば、このエントリでも書いているように、このblogで度々、blog→出版というフレームについて触れています。・・・今、これらのエントリを読み返すと、小難しく書かれていますが、結局のところ、【社会への
2006/06/25(日) 21:26:28 | Life2.0
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